PPAPのその後

 いよいよ夏の到来を迎え、毎年のように「例年以上の暑さ」を更新しておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。あまり知られておりませんが、実は7月1日は日本弁理士会により、弁理士の日に指定されています。この日は、現在の弁理士法の前身にあたる特許代理業者登録規則が制定された日であり、日本各地でイベントが開催されました。東海地区では、日本弁理士会東海支部がイオンモール岡崎でイベントを開催させて頂きました。会場に足を運んで頂いた皆様、ありがとうございます。

膨大な数の商標登録出願

 さて、先回に引き続き、今回も話題のトピックスについて少し紹介させて頂きます。以前「PPAP」をエイベックスに先駆けて権利を押さえた人がいるという「事実に反する記事」が世間を騒がせましたが、最近、同じ人が「都民ファースト」を小池知事に先駆けて権利を押さえたという「事実に反する記事」で再び世間の話題を集めているようですので、特許庁側の対応も含め、少し事実関係をご紹介します。

 まず、商標権を得るためには、特許庁に適式な商標登録出願を行う必要があり、権利が認められるか否かは、先願主義が基本です。つまり、「最も早く特許庁に出願手続を行った人」に商標権の登録を認めることが原則であり、2番目以降に出願した人は、原則として、商標登録を受けることができません。ただし、これは「適式な出願」であることが前提であり、先の出願が通常先に登録にされるため、既に登録されている商標と同じ(又は類似する)商標は登録できませんよ、という趣旨です。

 この原則を利用(悪用)したのが、話題の「一部の出願人」で、誰かが使いそうな言葉について、2016年の1年間で25,000件以上もの数の商標登録出願を行いました。「PPAP」や「都民ファースト」が大きく取り上げられましたが、他にもTOYOTAさんの「MIRAI」やJRさんの「北陸新幹線」、「民進党」など、多数の商標登録出願を行っています。次に年間(2016年)の出願件数が多い者は、株式会社サンリオの約800件ですから、「一部の出願人」の出願件数がどれだけ突出しているか、ご理解頂けるでしょう。

特許庁からの「ご注意」

 これに対して、特許庁は、平成28年5月17日付けで「自らの商標を他人に商標登録出願されている皆様へ(ご注意)」を発表しました。ここでは、既に先に同じ商標で商標登録出願されていても、「不適法な出願」は却下処分される(登録されない)ため、2番目以降でも登録を受けられる可能性があります。だから、出願を控えないでくださいね、というものです。

 通常、出願件数が多いことは、それだけ制度が有効に利用されている証拠である事に加え、出願費用が収入源の一つである特許庁から見ると、歓迎すべき事であると考えます。しかしながら、特許庁がこのような注意情報を出したことには、理由があります。もちろん、理由の一つは公益的理由ではありますが、この一部の出願人の出願は、出願費用が払われていないということも大きな理由ではないかと考えます。つまり、却下するための労力(費用)がかかるにもかかわらず、出願費用は回収できませんので、この部分については、他の出願人から徴収した費用を充てざるを得ず、膨大な数であることを考えると、公平性を明らかに欠きます。更に、これを理由に、本来出願費用を払って出願してくれるはずの人が出願しなくなったら、特許庁としては対応せざるを得ないでしょう。

特許庁からの「お知らせ」

 このような通知が出た後も、「一部の出願人」の出願件数が減ることはなかったためか、特許庁は、先日(平成29年6月21日)再度「手続上の瑕疵のある出願の後願となる商標登録出願の審査について(お知らせ)」を発表しました。ここでは、審査の流れが紹介されていますが、最後に「その際、当該出願に係る商標が、・・・(中略)・・・商標登録を認めません。」と、明記されており、特許庁の決意表明のようにも見えます。

 この「お知らせ」では、先の注意情報とは異なり、「一部の出願人」の出願という特定の出願に対して対応を行うという、特許庁の運用を変えてまで対処したことを示すものです。また、このお知らせの中では、「仮に手続上の瑕疵がないことが確認された(出願手数料の支払いがあった)場合、特許庁は、商標法に基づき適切に審査することとなります」と記載されておりますが、私の個人的なルートからの情報によると審査官は「一部の出願人」の出願を登録するつもりはないようです(あくまで、ある審査官の意見であり、特許庁の公式見解ではありません)。

 実は、商標法には「伝家の宝刀」のような規定があります。商標法においては、商標登録を受けられない理由(拒絶理由)がそれぞれ列挙されており、商標登録出願がこの拒絶理由のいずれか1つに該当すると、登録を受けることができません。そして、拒絶理由の中には、通常あまり適用されないながらも、今回のように社会的に登録をすることが好ましくない場合に適用する規定として、「公序良俗を害するおそれがある商標は登録しない」というものがあります。「公序良俗に害するおそれ」をどのように認定するかが曖昧であるため、特許庁も通常はこの規定を持ち出すことはあまりないのですが・・・今回はこの「伝家の宝刀」を使ってでも、「一部の出願人」の出願について、登録を認めない方向で考えているようです。言い換えると、特許庁としては、「一部の出願人」の出願を認めないという決意の表れのようにも見えます。

 ということですので、「一部の出願人」は、膨大な数の商標登録出願を行っておりますが、現在登録されているケースは皆無であり、今後も登録される可能性は極めて低いと考えられます。このことから分かるように、「PPAP」や「都民ファースト」の商標権が他者に押さえられている事実はありませんし、PPAPはエイベックス社が、都民ファーストについては、「都民ファーストの会」で小池知事が、それぞれ既に商標登録出願を行っておりますので、このまま順調に登録になれば、今後も他者に押さえられることはないでしょう。

 特に、知的財産権の領域では、技術革新や社会情勢の変化に法律が追いついていない一面も否定できませんが、特許庁も我々弁理士も、社会の全体の不利益となるような行為については、可能な限り迅速に対処し、取引秩序の維持に努めておりますので、ご安心ください。

 最後に、この情報は現時点(2017年7月12日)での情報であり、特許庁の運用等が今後変わる可能性はあります。また、分かり易くするために、例外事項等一部省略して説明している部分もあります。このため、実際の事例について判断される場合には、お近くの専門家にご相談ください。