STAP細胞の行方

 日中、汗ばむほどの時期となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。弁理士業界では、5月21日に弁理士試験一次試験が実施され、受験生にとって一年で一番の山場を迎えております。自分の頃を思い返すと、一次試験の合格発表までの約一ヶ月間、一次試験の合否が分からない状態で二次試験の対策を行うというのが、精神的に非常に厳しかったと強く印象に残っております。最終合格発表までの約半年間は精神的にも体力的にも厳しい時期ではありますが、受験生の皆様には、最後まで悔いの残らないよう頑張って頂きたいです。

 さて、先回、先々回と商標権の制度に関する話題が続きましたので、今回は少し目線を代えて、一時期大きな話題となりました発明を例に、特許権の取得までの流れについて、簡単にお話させて頂きます。記憶の片隅に追いやられる頃に、発明者が手記を発表したり、ホームページを作成したり、雑誌に取材されたりと、話題にことかかないSTAP細胞の作成方法に関する発明です。大学時代に分子生物学を専攻していた私としては、技術的な面についても大きな関心があるのですが、今回は制度面にスポットを当て、技術的な面については、足を踏み入れないことにします。

 まず、特許権は国毎に成立するため、特許権を得るためには権利を取得したい国毎に特許出願を行う必要があります。本件の場合、まずは米国に特許出願され、その後、同じ内容で日本国(及びヨーロッパ各国を含む諸外国)に特許出願されています。また、米国出願の際には、東京女子医大、理研及びハーバード大付属病院の三者で出願されましたが、色々あって、現在では、ハーバード大付属病院のみが出願人の状態になっています。このように、特許出願は複数人の共同で出願することが可能で、出願後、他人に譲渡することも可能です。

 日本国では、特許出願を行ったのみでは審査は行われません。審査を受けるためには、出願後に出願審査請求手続を行い、審査費用を支払う必要があります。出願審査請求後に、審査官の審査が行われますが、本件の場合には、概ね10箇月で審査が行われ、拒絶理由通知が通知されています。この拒絶理由通知は、特許出願を審査した結果、現時点では登録を認めることができないと審査官が判断した場合に通知される通知で、審査官の判断に対して反論したり、出願の内容を一部補正したりすることでこの通知に対応することができます。「拒絶理由通知」という名称から驚かれる人も多いですが、特許出願を行った場合、ほとんどの出願で一度は通知されるものですし、審査官の認定に反論して、審査官が意見を変えることは少なくありませんので、その点はご安心下さい。

 特許を認められるか否かの審査については、特許要件(新規性や進歩性等)について、それぞれ審査されることになりますが、新規性や進歩性に関しては色々なところで取り上げられていると思いますので、今回は、実施可能要件について、本件を例に少しお話しを進めさせて頂きます。

 特許制度は、我が国の産業の発達を目的に制定されている法律です。つまり、国が特許権という強い権利を認めることで、発明者に新しい技術情報を開示してもらい、その情報を国の産業の発達に役立てることが特許法の趣旨です。このため、特許権を得るためには、出願書類を同業者が見たとき、発明を実施することができる程度に記載しなければならない旨が規定されています。このような規定があるため、我々弁理士は、(なるべく)分かり易く明細書を記載するように心がけております。

 このSTAP細胞の作成方法に関する特許出願でも、明細書には作成方法が書かれており、明細書の記載の作成方法は、Natureに投稿された論文と同一の作成方法です。言い換えると、専門家であるNatureの査読者がこの方法でSTAP細胞が作成できると認めたものが、明細書に記載されているということですので、この記載方法について、特許庁の審査官が「実施不可能」と判断することは難しかったでしょう。

 今回の場合、発明者等がこの方法では確認できないことを認めて論文が撤回され、世界中の科学者が再現実験を行いながらも成功しなかったことを理由に、審査官は実施不可能として拒絶理由を通知しております。本件の注目度が大きく、世界中の科学者が再現したり、検証したりした結果を発表しているため、審査官も「実施不可能」と認定しやすかったとは思いますが、審査官が自ら再現することはできませんので、このような事情がなければ、実施不可能という認定は難しかったと考えます。このように、拒絶理由を通知する際には、拒絶理由に該当する理由も合わせて通知されますので、拒絶理由通知を受けた際には、その理由が妥当であるか否かを検討した上で、対応を考えていくことになります。

 実は、現在アメリカでも同様に審査が行われておりますが、米国では発明者の一人が「私の見解は、STAP細胞の存在を否定するものではなく、再現実験に成功している」旨の宣誓陳述書をUSPTO(米国の特許庁)に提出しております。もし、同様の理由で日本の特許庁に対して反論がなされた場合、審査官がどのように判断するのか、興味深く見守っております。本発明について一番詳しいはずの発明者からの「実施可能」という主張を採用するのか、発明者が所属していた理研を含む、他の科学者が再現した結果の「実施不可能」という主張を採用するのか・・・審査官の判断を楽しみにしています。結論が出たら、またここで触れていきたいと考えております。

 余談ではありますが、実際には実施できないにもかかわらず実施可能として登録になってしまった場合、どんな問題が生じるかというと・・・実は、今回の場合には大きな問題にはなりません。というのも、発明を実施することができない以上、第三者が特許権を侵害する可能性もありませんから。そういう意味では、審査官も少しは気が楽かも知れませんね。

外国出願助成金について

 今回は、STAPに関する特許出願を例に、特許出願の制度面について簡単に触れさせて頂きました。もし愛知県内の企業で外国への特許出願(実用新案登録出願・商標登録出願・意匠登録出願)をお考えの中小企業の担当者の方は、あわせて「あいち産業振興機構」の出願助成金についても、ご検討下さい。外国へ出願する際に必要な費用について、半額以内で助成を受けることができます。

 この助成金は、申込期間が5月12日から6月15日までと短いため、利用を検討される場合には、お早めに検討下さい。弊所でも申請に必要な書類を発行させて頂くことは可能ですが、申請は手間がかかりますので、早め早めに準備されることをお勧めします。

 詳細は こちらをご参照下さい。