商標の国際出願制度

 残暑が続いておりますが、皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。先日の大雨のことだけではありませんが、最近は台風の大型化に伴い、雨風も強くなっているような印象を受けております。感覚的に、10年前とは自然環境が変わっているように思いますので、慎重な対策をお願いいたします。
 さて、先日、弊所スタッフが商標の国際出願制度に関する研修を受けてきてくれましたので、その内容をふまえ、外国で商標権を取得する際の流れや留意点についてお話しさせて頂きたいと考えています。
 日本と外国とでは、文化や考え方が違うことは多くの方が実感されているかと思いますが、実は、知的財産権に関する法律についても、大きく違っています。例えば、外国で商標登録を受けるためには、各国の法制度に通じた現地代理人を経由して手続を行うことが原則求められます。また、商標登録を受けた後は、国ごとに当該登録の維持管理を行う必要があります。こうした事情から、費用が嵩んだり、手続が煩雑になったりするという問題が存在します。こうした問題を受けて国際条約が締結され、条約締約国間では、特許・意匠及び商標の国際出願制度が整備されつつあります。そこで今回は、商標の国際出願制度について説明をさせて頂きます。

商標の国際出願制度の概要

 まず、外国で商標権を取得するためには、原則としてそれぞれの国の指定官庁(特許庁等)に手続を行う必要があります。しかし、複数の国で商標権を取得する際、それぞれの国の指定官庁に同じような手続を行うのは、出願する側にとっても負担が非常に大きいです。このため、出願人の負担を軽減するために、「標章の国際登録に関するマドリッド協定の一九八九年六月二十七日にマドリッドで採択された議定書」(通称「マドリッド・プロトコル」,「マドプロ」)という国際的な取り決めがなされました。この取り決めにより、出願人は、一の手続で複数の国(又は地域。以下同様です。)に個別に出願するのと同じ効果を得ることができ、かつ、一の国際登録を通じて各国の権利の維持管理を一元的に行うことができるようになりました。この制度を利用することにより、出願及び維持管理コストの削減、出願及び維持管理の手続の簡素化、並びに国によっては審査の迅速化等、様々なメリットを享受することができます。今回は、この制度を利用した出願(以下、ここでは「国際出願」と呼びます)と、それぞれの国に直接手続きを行う出願(以下、ここでは「各国出願」と呼びます)についてお話しさせて頂きます。
 国際出願制度は、使い方次第によっては大きなメリットを生む制度ではありますが、複数の国に個別に出願するのと異なる点もありますので、注意が必要です。まず、出願を希望する国が「マドプロ」に加盟していることが大前提となります。現在、98の国が加盟しているものの、東南アジア(タイ、マレーシア、インドネシア等)、南米(ブラジル等)、カナダ(2019年加盟予定)、香港及び台湾等、未加盟国もまだ多く残っております。こうした国については個別出願を行う必要があります。

 2017.08.14追記
  タイについては、2017年11月7日から利用できるようになります。
  詳しくは、こちらをご覧下さい。

国際出願のメリット・デメリット

 国際出願制度は、外国で商標登録を目指す場合に必ずしも最適な制度だとは限りません。例えば、1か国に出願する場合、個別に出願したほうが費用は安く済む可能性が高いです。また、特定の国に直接出願を行う場合、通常はその国の代理人(弁理士)に依頼することになるため、その国の法制度に精通した現地代理人の知見を活用できるメリットもあります。
 逆に、2か国以上に出願する場合から個別出願より国際出願のほうが廉価となる可能性が高いです。また、国際出願は、その出願時のみならずその登録後の維持管理も一元的に行えますので、複数の国において同一の商標を長く保有し続けるほど、手続きが簡素化され、それに加えて費用も軽減されるためメリットが大きくなります。
 従って、複数の国に商標登録出願を行う場合は、出願を行う国が多くなればなるほど、制度の利用によって得られるメリットも大きくなりますので、十分な比較検討が必要です。

基礎出願の登録の可能性についての留意点

 商標の国際出願制度には、国際登録の基礎出願又は基礎登録(通常、自国の出願又は登録)への従属性の問題があります。国際登録日から5年の間に、基礎出願又は基礎登録の指定商品及び指定役務の一部又は全部が拒絶されたり、取り消されたり、無効になってしまったりすると、国際登録もその範囲で取り消されます(セントラルアタック)。
 このため、基礎出願の登録が確定していない状態で国際出願を行う場合、登録可能性に十分な注意を払う必要があります。もし当該基礎出願が拒絶されると、国際出願も全て取り消されてしまうからです。従って、可能な限り、基礎出願の登録が確定してから国際出願を行うことをお勧めいたします。
 例えば、日本国への出願を基礎として国際出願を行う場合、通常、日本国での審査は約6月必要となるため、6月以内に国際出願を行う場合には、審査が終わっていない可能性が高いです。このため、このような場合には、日本国への出願と同時に早期審査の申請を行うことで、審査期間を概ね2月程度に短縮することが可能ですので、国際出願をお考えの場合には、予め早期審査の申請を行うことをお勧めいたします。
 ただし、基礎出願の登録が確定したからといって安心は禁物です。継続して3年以上使用していない登録商標は、第三者が不使用取消審判を請求すれば原則取り消されてしまうからです。従って、基礎出願をその指定商品又は指定役務について使用し、その事実が分かる証拠を残しておくこともお忘れにならないで下さい。

多区分で出願するときの留意点

 最後に、複数の区分を指定した国際出願を行い、国際登録がされると、各指定国における実体審査に入ります。その結果、一部の区分等は拒絶理由が発見されていないけれども、残りの区分は拒絶理由が通知される場合があります。
 登録の可否は出願全体で判断されるため、拒絶理由を受けていない区分等が登録を受けられないリスクを負って反論するか、拒絶理由を受けた区分等を削除補正して残りの区分等について登録を受けるか、選択する必要があります。
 一方、各国出願を行った場合には、拒絶理由を受けた区分を元の出願から一部を抜き出して新たに出願することで、拒絶理由を受けていない区分を確実に権利化し、拒絶理由を受けた区分は再度審査を受けて権利化を目指すことが可能な場合がありますが、国際出願ではこのようなことは認められません。
 このため、複数の区分を指定する場合には、費用面だけでなく、それぞれの国での登録の可能性を勘案した上で、国際出願制度を利用するか、直接各国に出願するかを判断することが必要です。また、国際出願は、国際登録の範囲内であれば後日指定商品又は指定役務を追加する指定ができますので(事後指定)、拒絶理由を受けていない区分は先行して登録を受けて、拒絶理由を受けた区分は後日再チャレンジすることも可能です。

 なお、2019年2月施行の規則改正によって国際登録の分割及び併合が認められる予定になっており、国際出願の利便性がさらに高まることが期待されます。
 今回は、簡単にではありますが、外国で商標権を取得する際の手続きの流れや留意点についてお話しさせていただきました。昨今の市場のグローバル化に伴い、自社製品が海外で販売されるケースや、外国製品を国内で販売するケースも多くなるかと思います。このような際には、商標権について一度お考えいただくことで、ビジネスリスクを低減することができるかと考えますので、是非一度近くの専門家にご相談下さい。


特許の国際出願制度について

 歳末ご多端の折、ますますご清祥でご活躍のことと存じますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。どの業界でも同様かとは思いますが、年末・年度末が近づくにつれて、官公庁が主催するセミナーも多くなってきます。以前、このコーナーにて、商標の国際出願制度について触れさせて頂きましたので、今回は、弊所スタッフが参加した特許庁主催の特許の国際出願制度に関するセミナーの報告も兼ねて、特許の国際出願制度について、簡単にお話しさせて頂きます。

各国における特許制度について

 「国際特許」という言葉を耳にしたことがある人も多いと思いますが、特許権は国毎に成立するものであり、世界中で有効な「国際特許権」というものは存在しません。特許権を認めるか否かは、政策的な観点からの影響が大きいため、国際的な統一ルールとすることは難しいようです。定期的に「国際特許権」について話題はあがりますが、今のところ、現実になりそうな雰囲気はありません。例えば、日本では人体の治療方法については特許権が認められませんが、米国では特許権が認められます。このように、特許の対象をどのようなものにするかというレベルでも、国際的な統一ルールは定められておりません。
 このため、複数の国で特許権を取得するためには、それぞれの国毎に決まった書式・言語で、国毎に手続きを行い、審査を受ける必要があります。しかしながら、特許権を取得したい国が増えれば増えるほど、出願人にとっては負担が大きくなります。まして、それぞれの国の言葉で、それぞれの国の法律に従って、全て同じ日に出願することは、不可能に近いでしょう。そこで、手続的な部分だけでも共通化するために定められたのが「国際出願制度」です。この制度では、特許権を取得する際に必要な、手続面を共通化することにより、各国で特許権を取得する際の労力を低減しました。ただし、誤解されることが多いですが、共通化したのは、「出願手続の一部」にすぎません。特許権を認めるか否かの最終審査はそれぞれの国で判断されますし、例えば、日本国の特許権は日本国以外の国では効力を有しません。

国際出願制度の利用状況

 この国際出願制度は、特許協力条約(PCT)に基づいていますので、この制度を利用した出願をPCT出願とも呼びます。この制度により、国際出願手続を行うことで全てのPCT締約国(2017年9月1日現在、152か国)に同時に出願したことと同じ効果を得ることができます。つまり、公用語(英語、日本語、フランス語等)の言語による一回の手続きで、152か国全ての国に同時に手続することが可能となり、各国言語に翻訳する手間だけを考えても、出願人の負担は大きく減ります。
 この国際出願制度の利用者は年々増え続けており、2015年には、日本人(日本企業)による外国出願の約半数が国際出願経由です。2016年の日本人(日本企業)による国際出願件数は45,239件(前年比2.7%増)であり、件数ではアメリカに次いで世界第2位です。国際出願の利用方法に関する統計によると、日本人(日本企業)は、1つの国際出願につき平均2.8か国で国毎の審査を進めており、その国は、米国(26%)、中国(18%)、日本(18%)、欧州(13%)、韓国(9%)のいわゆる五大特許庁がある国が選ばれています。

国際出願制度の活用状況

 さて、この国際出願制度を利用する場合、自国(日本人の場合は日本国)で特許出願を行った後に優先権制度を利用して国際出願を行う方法と、(自国に出願することなく)国際出願を行う方法の2種類の方法があります。
 優先権制度を利用して国際出願を行う場合、(条件付きではありますが)内容を一部追加・変更ができたり、国際出願を行うか否か検討する時間的猶予(1年間)があったりするメリットがある一方、自国への出願と国際出願の2回手続が必要なため、(自国に出願することなく)国際出願を行う場合と比べると、費用が嵩むというデメリットがあります。
 昨年(2016年)の日本の出願人による(自国に出願することなく行われた)国際出願は、国際出願全体のうち約18%程度でした。このことから考えると、まずは国内市場での保護を求める傾向が強く、始めから、世界展開を考えて特許戦略を立てている企業は少ないのかもしれません。一方で、工場(研究所)の国外移転や近年のグローバル化に伴い、国にとらわれないビジネス戦略を考える企業も増えてきておりますので、今後、この割合が増えていくのではないかと考えております。
 このあたりは、手続が煩雑なだけでなく、状況に応じてメリット・デメリットが複雑に絡み合ってきますので、国際出願の利用を検討する場合には、慎重にご検討下さい。

特許の国際出願制度に関する最新動向

 国際出願を行った場合、国際調査機関が国際出願の新規性や進歩性等を調査し、その結果を国際調査報告として出願人に報告します。このため、出願人や各国の特許庁は、この国際調査報告の結果を、国際出願が新規性や進歩性を有するか否かの判断材料とすることができます。この国際調査は、現在は単独の国際調査機関が行っておりますが、2018年5月1日からは、主担当の調査機関が副担当の調査機関と協働して新規性や進歩性等の調査を行い、1つの国際調査報告を作成して出願人に提供するPCT協働調査の試行プログラムが開始されます。試行プログラムですので全ての国際出願が対象になる訳ではありませんが、この制度を利用することで、出願人はより高品質な国際調査報告を得ることができ、より高い予見可能性を持って各国への権利化を目指すことができるようになると考えられます。当初は、五大特許庁(日米欧中韓)に出願された英語の出願であって、出願人が協働調査の適用を申請した案件から、各特許庁が最低100件受付をするとのことです。
 また、2017年7月1日に発効した条約の規則改正によって、国際出願の国内段階移行情報がWIPO国際事務局に送付されることが義務化されました。これまでもWIPOのデータベース上で国際出願が国内段階移行された国を閲覧することができましたが、一部の国のみ対象かつ参考情報扱いであったため、正確な情報を得るには各国特許庁のデータベース等にアクセスする必要がありました。今回の改正により、各国特許庁のデータベース等にアクセスすることなく、国際出願が、どの国で権利化されたか(されようとしているか)が判断できるようになるため、便利になりそうです。

 このように、国際出願制度は、有効な使い方が多いですが、手続面で複雑な点が多く、また、国際事務局には英語で書かれたルールに従って英語で対応しなければならないという一面もあります。また、今回は一部のみ紹介させて頂きましたが、細かなルール改正は毎年のように行われています。
 このため、国際出願制度を利用される際には、必ず最新の情報にアクセスして頂くか、専門家にご相談下さい。